水曜日。
いつものように展開していつものように終わる水曜日だ。
綺麗な窓ガラスを見た夢から目が覚めた時、六時半に起きたのに文句を付けていたんだなあ。
昔のいろいろな水曜日を思い起こしながら、その中では、一つずつ素晴らしい水曜日が繰り返してくれた。
比較の意味がない。ただ、何か懐かしのね。
梨のような日差しも、肌で涼しさを感じるのも、白紙のようで香ばしいにおいがした六時半も。
選択がなくて続けなくちゃ水曜日、同じ時刻に出て行く。
暑くなり過ぎる空気の中で、もう一つ迷路の日が来てしまうんだと思うの。
いや、迷路より、遠く回りをするとか、回り道をするとかと言ったほうがいいでしょう。
でも、しばらくその考えを消さなくちゃ、他のアタシを出してキョウを丁寧に開いてから、丁寧に暮らするの。
それまましないと、進まなくて何処もいかないの。
この日が終わったでも、何処かに行ったといえないなあ。
心に何も残さないなあ。
ある決定なので、あたしが黙り込んてしまったようになった。
本当の気持ちじゃないのに。
しかしそれより、もっと適切な方法はないね。
荘子が逍遥と言う事は何も待たなくて絶対的な世界で生活するのと教えてくれた。
じゃあ、ちゃんと真実に見てみようか。誰にも説明を探さないのを決め付けた。
言葉て何か説明すると、結局真実からだんだんと遠くなってしまったから。
言葉には限界があるので。
黙の状態でいるこそ、相手を知ることができる。
そういえば、沈黙は真実の道標かも。
まだ答えがない問題がある。
明日は次の水曜日から一番遥かな木曜日だ。次の水曜日はどうなるだろう?
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